2015年10月

第1章 記憶にない。  第2章 コロ。  第3章 お世話。  第4章 運命。  第5章 優しさ。  第6章 出逢い。

第7章 決断。  第8章 家族。


お風呂できれいになった子猫の体が乾いてきた頃、
これからの事、そして父の言葉を思い出していた。


当時暮らしていたアパートは、大家さんがよく野菜を売りに来ていので
たとえ内緒にしていても子猫がいるとわかるのは時間の問題だった。
それでも覚悟は決まっていた。


数日後、大家さんが野菜を持ってやってきた。
玄関越しに話していると、子猫がそばに寄ってきた。
心臓の鼓動が聞こえてしまうんじゃないかと思うほど、ドキドキした。



「あら、かわいい猫ちゃんだね。お名前は?」

「まだつけていないんです」



すると大家さんはにっこり笑って、こう続けた。



「早くいい名前をつけてもらうんだよ」



そう言うといつものように野菜を広げ、
その後なにごともなかったかのように帰っていった。

子猫とともにアパートを出ていく覚悟を決めていた私に、
再び小さな奇跡が起こった瞬間だった。

わら


” ケセラセラ ”

父がよく言う言葉を思い出していた。


私はビーチサンダルが好きなその子猫に
世界でひとつしかないであろう ” わらじ ” という名前をつけた。




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第1章 記憶にない。  第2章 コロ。  第3章 お世話。  第4章 運命。  第5章 優しさ。  第6章 出逢い。

第7章 決断。

子猫の ” ちょんちゃん ” との暮らしは、それまでとはまるで違った。
初めて家の中で動物と暮らすこともひとつの理由だったが、
1番の理由は ” ちょんちゃん ” が、とにかく私に懐かなかったことだった。


私だけでなく、父にも兄にも心を開かなかった。
今思えば、それは生まれ持っての性格だったのかもしれない。
でもその時は、生まれて間もなく人の手によって母親と引き離されたことが、
” ちょんちゃん ” にとっては耐え難い事だったんだろう、そう思った。
それでもなぜか母にだけは甘えていた。


” ちょんちゃん ” は縁側で日向ぼっこをしながら ” ちび丸 ” と遊ぶ事が好きだった。
心を閉ざしていた” ちょんちゃん ” が、初めから犬の ” ちび丸 ” と打ち解けていたのは
我が家へやってきた経緯がよく似ていたからかもしれない。
そんな” ちょんちゃん ” は母の手で育てられることになり、
少しづつ父にも心を開いていった。


それから数年後。
母は ” ちょんちゃん ” を娘のように可愛がり、いつも楽しそうに過ごしていた。
私にも新しい家族ができ、実家を離れる事になった。



ある夜。
出先で雨に降られ、家族と駐車場に停めてある車へと走っていた。
雨音の中にかすかな猫の鳴き声が聞こえた気がした。


「にゃ~ん」


私は猫の鳴きまねをしながら車の下を探した。


「にゃ~ん、にゃ~ん、出ておいで」


数分後、1匹の真っ黒な小猫をみつけた。
ずぶ濡れの子猫がよろよろと近づいてきた。


「どうするの?」


「とりあえず連れて帰る」


そう言って子猫を抱え車に乗った。



家に着き、ずぶ濡れで泥まみれの子猫をお風呂に入れた。
子猫の体を洗いながら、母に教わった事を色々と思い出していた。



「このアパート、動物と暮らせないんだよ」


そんなことは百も承知だった。
それでもあの時、見て見ぬ振りをしてその場を離れることができなかった。

どうにかお風呂に入れ、きれいになった子猫の体が乾いてきた頃、
私はこれからの事を考えていた。




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第1章 記憶にない。  第2章 コロ。  第3章 お世話。  第4章 運命。  第5章 優しさ。  第6章 出逢い。


デパートの紙袋中には、しましまの小さな子猫がいた。
知り合いの猫が子供を産んだらしく、手分けしてもらい手を探していたそうだ。
ふやかしたごはんを食べられるようになったところで、私のところにやってきたのだ。


「どうする?」


友達が言った。
答えはひとつしかなかった。



小さい頃、近所に猫がいる八百屋さんがあり、よく遊びに行っていた。
とはいえ、今まで猫と暮らした経験がなかった私に不安がないわけではなかった。
それでも私の不安よりも、ずっとずっとこの子の方が不安に違いない、そう思った。
ただ、今回ばかりは父にも母にも相談なしで決めてしまった事を、少しだけ心配した。

その夜、父と母に子猫の経緯を話した。
ずいぶん昔、父と母が三毛猫と暮らしていた事を、この時初めて聞かされた。


「よく来たね」


父と母は目を細めて子猫に言った。



こうして私は初めて猫と暮らすことになった。


ひとりぼっちで見知らぬ場所に連れて来られたその子猫は、
私はライオンの子だと言わんばかりに体を大きく見せた。
隙間を見つけると、どこにでも隠れた。
今まで一緒に暮らした動物たちとは、いつもすぐに仲良くなれたのに
今度ばかりはなぜ仲良くなれないのか、私には全くわからなかった。


それを教えてくれたのは母だった。
母はお菓子の空き缶を用意すると、庭の砂場から砂を持ってきて入れた。
すると子猫はすぐに空き缶の中に入った。
ずっと我慢していたものがなくなった子猫は、少し緊張が解けて見えた。
そして子猫は母に抱かれて寝息をたてた。


翌日ホームセンターへ行き、子猫に必要なものを揃えた。
私は子猫に ” 裕次郎 ” という名前をつけたが、
後に女の子だとわかり、母によって ” ちょんちゃん ” と改名されることになるのだった。

ちょんちゃん3




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第1章 記憶にない。  第2章 コロ。  第3章 お世話。  第4章 運命。  第5章 優しさ。


それから数年後。
私は社会人になっていた。



自宅で犬が出産したと言って、上司が6匹の子犬を連れてきた。
欲しい人に連れて帰ってもらおうということだった。

当時は今のようにペットショップで動物を売っている事は珍しく
犬と暮らしたいと思った時は ” 子犬が産まれた時には是非 ” と
誰かにお願いする、そんな時代だった。


職場はガソリンスタンドだったので、毎日たくさんの人が訪れた。
店内にダンボールを置き、いい出会いがありますようにと心を込めて
外から見えるようにメッセージを書いて貼った。

6匹のうち4匹はその日のうちに新しい家族がみつかった。
残った2匹に仮の名前をつけて面倒をみた。
” 小鉄 ” と名付けた子犬は、それから数日後に新しい家族がみつかった。


最後に残った子犬は他の5匹より体が小さく、少し弱々しく見えた。
兄弟がいなくなった大きなダンボールの隅っこで
小さく丸まっているその子犬が、とても寂しそうに見えた。

数日たってもまだ新しい家族は現れなかった。
持ち上げるとキャンと小さな声で鳴くその子犬を抱くと
とても温かく、とても軽かった。


父と話す事がもうすっかり少なくなっていた私は
その晩、父に子犬の話をした。


「うちに連れてきなさい」


父は笑顔でそう言った。
” 次のお休み ” の約束をした時と同じ気持ちになった。


小さく丸くなっているその子犬に ” ちび丸 ” と名付けた。
そして ” ちび丸 ” との生活が始まった。

ちびまる

” ちび丸 ” を連れて帰り、すぐに動物病院へ行った。
診断は ” くる病 ” だった。

兄弟が多く、ミルクをしっかりと飲めなかった事が原因だろうとの話だった。
体が小さかったのも、抱くとキャンと痛がったのも、すべてそういう事だったと学んだ。


獣医さんには定期的に診てもらった。
しばらくたっても触るとキャンと鳴く様子は変わらなかった。
腕の骨は湾曲したが、それでも一生懸命体を左右にゆすりながら歩く姿は
とても可愛く、とても愛おしかった。


” ちび丸 ” が家族になって、しばらくたったある日。
友達が紙袋を持ってやってきた。

紙袋をのぞくと、小さな子猫がこちらを見ていた。



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第1章 記憶にない。  第2章 コロ。  第3章 お世話。  第4章 運命。


” のら ” を連れて帰ると、母がごはんと少しだけ温かいミルクを用意して待っていてくれた。

まだ小さかった私にも、父と母の優しい気持ちが伝わってきた。
心がふわっと温かくなった。


父は ” のら ” に新しいおうちを作ってくれた。
ずっと寂しい思いをしていただろうからと、
” のら ” のおうちは” ロッキー ” がいつも見えるよう向かい合わせに置かれた。

それから私は ” ロッキー ” と ” のら ” といつも一緒だった。

春にはお花見をした。
夏には水遊びをした。
秋には落ち葉で遊んだ。
冬には雪遊びをした。

お世話をいっぱいいっぱい頑張った。


” のら ” が家族になった後、少しづつ小さな家族が増えていった。
ひとりぼっちだった ” のら ” にたくさんの家族ができた。

あひる



ある時 ” ロッキー ” が余命数ヶ月を宣告された。
フィラリアだった。
当時の技術では、手術して治る可能性はゼロに等しいと説明を受けたが
それでも少しでも今後の医療のためになるのならと、心臓の外科手術を受け
奇跡的に回復、数年を懸命に生きた。
いつも一緒だった ” ロッキー ” が天命を全うした後、
” のら ” も後を追うようにして空へと旅立って行った。



” いつもの海 ”で ” のら ” に初めて出逢った翌日の晩。
父と ” 次のお休み ” の約束をした。
実はその時、父と母はもう ” のら ” には会えないと思っていたそうだ。
それでも ” どうにもならない私の思い ” を少しでも和らげようと
諦めをつけさせるために ” 次のお休み ” の約束をしてくれたらしい。



私がそれを知ったのは 、” いつもの海 ”で ” のら ” と ” 奇跡の再会 ” を果たして
だいぶたってからの事だった。




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