2015年10月

第1章 記憶にない。  第2章 コロ。  第3章 お世話。

家に帰ると私はすぐ母にその犬の話をした。
母は黙ったまま、私の頭をそっと撫でてくれた。


テレビや電話がどこの家庭にも当たり前のようにあるわけではない当時、
お菓子ひとつとっても ” 我慢することが当たり前 ” で、
たとえそれが辛く悲しいことであっても同じだった。


まだ子供の自分が何もできないもどかしさは
コロがいなくなってしまった時と同じ気持ちだった。



次の日の夜。
ごはんを食べている時に、父が言った。


「次のお休みに、またあの海に行ってみようか。」


そしてこう続けた。


「その時、もしもまたあのわんちゃんに会えたら、一緒に帰ってこよう」



私はその言葉と父の優しさに胸がいっぱいになった。
と同時に、まだ子供だとはいえ ” よく行くいつもの海 ” に ” 突然現れた犬 ” が
次の休みまで同じ場所にいてくれるとは考えられなった。

その日からの数日間は、とてもとてもとても長く感じられた。
日が経つにつれ、いて欲しいけれどきっと会えないだろうという思いが
どんどんと大きくなっていった。



そして指折り数えた ” 次のお休み ” が来た。
朝早くいつもの海に着いた私は、夢中で砂浜へと走った。



「のら!!」



” 幸せの青い鳥 ” が奇跡をもたらしてくれた瞬間だった。
父が微笑んだ。
私はその白い犬を小さな体でしっかりと抱きしめた。

のら
” いつもの海 ” で運命的に出逢った ” のら ”






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第1章 記憶にない。  第2章 コロ。


どこの家でもありがちな事だと思うが、
「ちゃんとお世話するから」とお願いして一緒に暮らすことになったとしても
生き物のお世話は、大抵父か母の仕事になる。
コロも例外ではなかった。


コロは普段、小屋につながれていたが、
父が休みの日は、少し離れた高校のグランドまで行き ” つな ” を離して遊ばせていた。


2~3年たった頃。
いつものようにグランドでコロを遊ばせていた父が、そろそろ帰ろうとコロを呼んだ。
しかしコロは戻ってくることはなかった。


多分連れて行かれてしまったのだろうと父は言った。
当時は当たり前のように野良犬がいたし、放し飼いをしている家庭も多かった。
コロはとても賢い犬だったので、
戻らなかったのではなく、戻ってこれなくなったに違いない。
良い犬はよくいなくなる時代だったし、そう考えるのが妥当だった。


私はとても悲しかった。
自分がちゃんとお散歩に行けば、コロはいなくならなかったかもしれないと悔やんだ。


それから数ヶ月。
近所で子犬が産まれた。
白い子犬は隣の家で、茶色い子犬は我が家で暮らすことになった。


” 今度はちゃんとお世話しよう ” そう心に決めた。

ロッキー
近所で生まれたロッキー 


ある日のこと。
父と兄に連れられて釣りに行くと、砂浜に一匹の犬がいた。
よく行くその海で、犬に会ったことは今まで一度もなかった。
首輪はしていなかったがとてもよく慣れていたので、もしかしたら捨てられたのかもしれない。
兄と私は、うす汚れたその犬といっぱい遊んだ。


あたりも暗くなり、もう帰らなけれなならない時間になった。


「さよならしなさい」


そう父に言われた。
後ろ髪を引かれ、しぶしぶ「バイバイ」とお別れを言いタクシーに乗り込んだ。

タクシーが走り出すと、その犬は歩道をトコトコとついてきた。
タクシーがスピードをあげると、犬は道路に飛び出必死に走ってついてきた。


「パパ!ついてくる!ねぇ、ついてくるよ!!」


泣きながらそう言った。
何度も危ない目にあいながら懸命に走る犬とタクシーとの距離はどんどん広がり、
やがて犬は走ることを諦めた。





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